近年、地球規模で流通する工業化・商品化された食糧システムの問題点が多く指摘され、私たちの健康や地域コミュニティ、そして自然環境に深刻な影響を与えていると言われています。一方で、目立ちはしないものの、地域の野草や狩猟肉、未利用の空き地での菜園、種の交換、そして無人販売所など、私たちの身近に存在する、小規模で非公式な食のあり方に注目が集まりつつあります。こうした「野生(wild)」の「非公式(informal)」な食の実践は、単に経済的な補完にとどまらず、私たちの生活に豊かさや楽しみをもたらし、環境への負荷を抑えながら地域や人と人を繋ぐ重要な役割を果たしています。
そこで、FEASTでは、「Food baskets for post-growth Japan: revaluing informal and wild food practices as provisioning systems」(仮)と題された新しい論文集の刊行を準備しています。この本は、日本を事例に「野生およびインフォーマルな食のあり方」が、いかに持続可能性やウェルビーイング(幸福や充実感)を高めるかを、多角的に探究しています。以下では一足先に、本書の構成とポイントをご紹介していきます。
本論文集の背景
本論文集は、既存の大規模・商品化されたフードシステムの問題から離れた、「ポスト成長」や「縮小社会(デグロース)」という視点で食の姿を見直すことをテーマにしています。少子高齢化と人口減少を世界各国に先駆けて経験している日本での実践は、これから同様の課題に直面する多くの国々にとっても貴重な事例となるでしょう(この論文集が英語で刊行されている理由がこれです)。本書では地域や都市で実践されている以下のような事例をとりあげ、それがもつ社会的・文化的・経済的意義を明らかにします。
- 野草・山菜の採取
- 狩猟肉(ジビエ)
- 無人販売所
- 家庭菜園やコミュニティガーデン
- 在来種・固定種のタネの交換や管理
- 水・衛生インフラの地域管理
- 都市部の空き地を活用したインフォーマルな農・園芸活動
本論文集の構成
第1部:グローバル食システムを超えたウェルビーイングと持続可能性?
このセクションでは、一般的に「公式の農業や食流通」とはみなされにくい「野生」や「インフォーマル」な食がもつ価値を、概念的・理論的に位置付けます。例えば、市場や正規の仕事に全面的に依存しないコンヴィヴィアルな暮らしと自給への取り組みが、どのように人々のウェルビーイングや地域振興に寄与するかを分析しています。
第2部:農村部における野生・インフォーマルな食の実践
人口減少と高齢化が顕著な農村部での多様な事例が集められています。山菜採り、狩猟、川魚の漁、種の共有、米の贈答、無人販売所といった具体的な実践が、それぞれどんな意味を持ち、どのような課題を抱え、未来への展望を開きうるのかが語られます。
第3部:都市部における野生・インフォーマルな食の実践
都市といえど、そのすき間や屋上では野菜づくりや養蜂、さらには雑草・落ち葉の活用など、思いがけないインフォーマルな食の可能性が広がっています。空き地の増加が見込まれる都市における実践をまとめています。
第4部:ポスト成長の「フードバスケット」──考察と今後の展望
農村・都市双方の事例を総合的に分析し、「野生の非公式な食」が単なる補完的役割にとどまらず、地域の生活スタイルやローカル経済そのものを形づくっていくことを示します。また、法規制やガバナンスが抱える課題や、今後どのように政策や制度設計を変えていけば、こうした多様な食の実践が持続可能になるのかを展望します。
本論文集の注目ポイント
この論文集への寄稿者の一人でFEASTのメンバーでもある太田和彦さんに、本書の読みどころを整理していただきました。太田さんは、論文集の全体像を「遊び仕事」という観点からまとめています。
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皆さんは「遊び」と「仕事」にどのようなイメージをもたれているでしょうか? 「仕事=苦労」「遊び=余暇」というイメージがあると、「遊び仕事」という言葉が何を意味しているのかわかりにくいかもしれません。しかし、日本各地を見回すと、たとえば山菜採りや伝統漁法、在来ミツバチの飼育など、地域ならではの“ちょっとした生業”がたくさんあります。これらは必ずしも大きな経済的利益を生むわけではありませんが、自然や文化を守りながら、地域の人々にとっての楽しみや誇りにもなっています。これが「遊び仕事」です。この「遊び仕事」は主に農山村で行われるものとして位置づけられていますが、都市養蜂や子ども食堂のような取り組みにも、実は共通する要素がある ―― というのが私の章の内容で、「遊び仕事」はこの論文集全体を貫くキーワードなのではないかと考えています(自画自賛です)。
せっかくなので、「遊び仕事」についてお話したいと思います。先ほど述べたように、「遊び仕事」とは、経済の主流にはならなくても、地域に欠かせない文化や暮らしを支える小さな生業を指します(山菜やキノコ採り、漁撈、狩猟、在来ミツバチの飼育など)。大量生産ではなく、自然のリズムに合わせて資源を得るため、環境への負荷が低く、地域コミュニティの絆を強める効果もあります。最近の研究では、こうした「遊び仕事」が、環境教育や観光とも結びつき、自然体験ワークショップや交流イベントとしても活かされ、参加者が楽しみながら地域の文化や生態系を学べる仕掛けとなっていることが報告されています。
山間地域だけでなく、都市のなかにもプレイワーク的活動が広がりつつあります。たとえば都会のビルの屋上や空き地で行われる養蜂や、廃校の校庭を使った畑づくり、さらには子ども食堂などを「遊び仕事」として捉えると、単なるボランティアや副業ではなく、「楽しみをベースに、都市や地域コミュニティを再編する力をもった活動」として理解しやすくなるでしょう。「遊び仕事」は楽しみを源泉としつつも自然や社会、経済との関係を再構築しようという実験の場といえます。そしてそのような実験の地道な積み重ねが、日本のポスト成長社会を支える土台が確かなものにすることでしょう。
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